2013.07.12
品質のお話:見えるもの 見えないもの 第一回「素材」
前回は、革を取り巻く状況についてお書きました。
今回から、実際のオーダー例に交えて
「目に見えるものと、目に見えないもの」 に注目していただければと思います。
このテーマに沿って 取り上げる内容は、
「素材」 「作り方」 「コンサルティング」 のみっつです。
今回は、「素材」 についてのお話。
よく、「革は生き物」というフレーズを耳にされると思います。
それが何を意味するかを まずご説明します。
1.まさに「生き物」の皮から作りあげる素材なので、
一枚一枚の個体差が大きく、ばらつきがある。
2.適正な作り方をすれば、新品よりも、
使って行ったあとの方が、ずっと良くなる(成長する)。
1.は、革や、革製品の作り手にしか理解出来ないことですが、
2.は、革製品を使う方に、じっさいに感じていただけると思います。
まず1.について。
以下をお読みいただければ今回のテーマである
「見える材料と、見えない材料」 をご理解いただけると思います。
10年前と比べて、一枚の革の中で、
製品製作に使える部分は、ずいぶんと減ってきた、
というお話はすでにしましたが、
これに関しては、前回の狂牛病関連の記事をお読みください。
時代の流れと共に皮を取り巻く環境が変り、
革作りもまた変わることを余儀なくされている、
というお話をしました。
しかし、上記の 「個体差」、
これは、当店の革のような製作方法の革づくりにとっては、
つねに、永遠の課題であり続けています。
その難題を解消すべく、
まったく別の加工技術が発達してゆき、
いろいろな製法が生まれるきっかけになった、とも言えます。
キメの粗い肌や、キズの多い肌を、どうやってきれいに見せるか・・・
これが、クロム鞣しレザーの製法や、100%顔料の使用を促してきました。
しかし、当店のようにもっとも古いタイプの革を使っていますと、
相変わらず、課題であり続けています。
さて、それでは、当店はどうしているか・・・。
それはすごく単純な話で、
見えるところの
目立つキズ部分は使わない、というシンプルな解決策です。
しかし、表のキズは、誰の目にも明らかですが、
もっとも やっかいなのは、見えない「ぶく」と呼ばれる部分。
表面は何ともないのに、下の層の繊維が崩れている所です。
製品にしたあとから、どんどん伸びて、型くずれの原因となります。
この部分は、表から目視しただけでは、
普通の人にはまったくわかりません。
永い年月毎日、意識して革を見続けた人にしか、わかりません。
それから、「革に目がある」、
という話をお聞きになったことがあるでしょうか?
革には、伸びやすい方向、伸びにくい方向というのがあります。
それが、革の目、と呼ばれていますが、
これは、作る製品のパーツ合わせて、使い分ける場合もあります。
つまりは、当店の使っている特製牛革を、
きちんとした使い方をして、
長持ちする製品に仕立てようと思ったとき、
まず ・「ぶく」部分を適正に見分ける目を持っていなくてはならない
そして ・革の目を見ながら、それぞれのパーツに適した場所で裁断する
という必要が出るので、
もしそういう技術を持つ人が存在しなければ、
それは、製作不能、ということを意味します。
職人は、ただ仕立てるだけではありません。
素材について、
プロフェッショナルでなければならないのです。
少し話が職人の技術にそれてしまいました。。
とにかく、
目に見えるキズだけでなく、「ぶく」もあり、
しかも革の目を見極めながら裁断する、
ということは、
使える部分がひじょうに少ない、ということ。
10年くらい前までは、
一枚の革の3分の2弱は、使うことができました。
今では、
半分弱しか、使うことができません。
この革は、ロスがたいへん多い。
だから、目に見える製品の裏には、
信じられないくらいのたくさんのロスと、
職人技術の、長年の積み重ねがあるわけです。
この革で作られた製品が高価であり続けるのは、
これまでにお話したように、
機械的な手当では解決できない問題が、多々あるからです。
むかし、当店のようなタイプの革は 主流でした。
そういう革は、
なめして、皮から革にするまで、とても時間がかかります。
現在の当店の革ですと、ひと月半~ふた月です。
クロムレザーなら、10日程度。
また、なめす過程に、
たくさんの人、たくさんの水、広い場所が必要です。
そうしてできた貴重な革は、大きなキズをよけて、
目に見えない、皮膚の下の崩れた部分「ぶく」を避けて、
それぞれのパーツに裁断されます。
その裁断の工程を ひとりで行えるような職人になるまでに、
最低でも、10年という月日がかかります。
いまは、こうした革をきちんと扱うことの出来る職人自体、
ほとんどいません。
過去の遺物かも知れない、と思うことさえあります。
また、流行の、顔料で華やかに色づけされた革を使って、
裁断用の機械を使って効率化してしまえば、
どんなにたくさんの数の同じアイテムが、簡単にできることか・・・
と、思うこともあります。
当店のフルオーダーメイドでは、
たとえひとりの職人が、ひと月、かかり切りで作りあげたとしても、
出来上がるのは、たった一点。
また、使っていくことで、
使う人の人生とともに、どんどん美しさを増し、
ひいてはアンティークの宝石のような輝きを放つ
特別な革製品の魅力を知ってしまうと、
そういう革製品がなくなってしまうことに、私どもは耐えられません。
オーダーメイドという、たったひとりのお客様にお作りする
世界でたったひとつの革製品にふさわしいのは、
まさにこの素材だと思います。
そういう素材だけが、
2.で述べたように、成長して、新品の時よりも良くなるのです。