2018.10.10
当店オーダーの財布について、クライアントが感じたこと
「じつは私、代官山の店舗で
20年以上前に
お財布を作ってもらったんですよ!
これを二個は作りたくない、って
職人さんがおっしゃってたくらい
面倒なお財布だったようです、ははは。」
銀座の店舗でお話していて
どうも見覚えのあるお顔なので、
名刺入れご注文の最中にお尋ねすると、
こんな答えをくださったクライアント。
「御社が移転したことを知らなくて、
3~4年前
そのお財布を修理してもらおうと
いろいろ探しました。
そしたら修理は無理だということで、
たまたまデパートの店頭に出ていた
オーダー店というのに頼んでみたんです。」
「出来上がってきてびっくりしました。
裏地もついてないし、
革は厚いし、ごつい感じだし。
結局それは一回も使わず
机の中にしまったままになりました。
その時名刺入れも頼んだんですが、
それがこれです。
もう3年以上使ったのに、革が
ぜんぜん使い込んだ良い感じにならない。
手触りが違うんです。厚いからかな?
これを受け取った時
一番驚いたのは、
私の言った通りに
できていなかったことです。
あれほどこの部分の寸法について
お願いしたのに。
でももう先払いで支払いは済んでるし、
相手は何も気づいてないし…
これ以上話しても無駄かな、と。
そういうことがあって、
やっぱりここのが良くって
もう一度お店を真剣に探したんです。
銀座に移転なさったんですね。」
お話くださってありがとうございます。
ひと通りお話が済んだ後で、
製作・直売しているお店では
店頭にある品物を
どのように見たらよいのか、
見方をお教えしました。
「店頭にあるお品は、
製作をしているそのお店の
技術そのものです。
そして、その店が
どういうものを作りたいのかという、
指針そのものなのです。
これが当たり前、
とみなさまが思っている市販品とは
まったく違う、
そこの製作者だけの「当たり前」です。
製作する人の数だけ
「当たり前」があるんですよ。
ですから、
・表の革の触り心地
・裏地がついているかいないか
・裏地の素材は何か
・縫い目は大きいか普通か
・出来上がりの厚みは不自然でないか
・端の処理はきれいか
・出来上がりの手触りがしなやかか
などを意識して
よく見て、判断してください。
そんな時一番簡単にできることは、
一点で良いですから
上質なものを常に使って
それを判断基準にすることです。」
「なるほど!
ここで作った財布には
革の裏地がついてて薄くて
デリケートな感じだったので、
私にとっては
それが当たり前と思っていました。
別のお店で作って初めて、
頼むお店によって
ぜんぜん仕上がりが違うのだと
身をもって知りました。
やっぱりこうして
いろいろなお店で作ってもらわないと、
品質を真に理解することは
できないんですね…」
「そうですね。
私たちの当たり前と
他店の当たり前とは違っています。
それは端的に
どういうものを作りたいか、
というゴールが違うからです。
それによって製作技術も
まったく変わってきます。
例えば
そういう裏地なしの製品に比べると、
裏地のある当店のようなお品は
製作時間で数倍は長くかかります。
材料の量が二倍だからと言って
二倍の時間ではとても収まりません。
そんなことも知っておくと、
なぜお値段がお高いのかということを
論理的な根拠をもって
理解することができますよ。」
どうしてここまでの話になったのかというと、
このクライアントは
愛車のシートの張替えも検討していて、
コノリー社の革を扱う車のディーラーさん、
どこの革をどう使うか説明してくれた
シート張替えの専門店さん、
それから家具屋さん、と
何軒もお訪ねしたそうです。
それがどうなったかは端折りますが、
デザイナーがアドバイスしたのは
たったひとつの事実。
「餅は餅屋です。
革素材はとくに、
製作アイテムに合わせて
仕上げを施すものなので、
家具屋さんの革を車に使うことは
意味ありませんし、
いったん無くなった会社の革が
以前の品質を保てているかどうかは
きっとまだわからないでしょう。
自分たちが使っている革の素性を知り、
さらに、その革を熟知している人が
その革の特徴を最大限に生かして
もっとも良い仕事ができると思います。」
革の場合、素材と技術は
切っても切り離すことができません。
革を知り、技術を持ち、
責任を持って
クライアントのご希望をさらに
良いものにしようという気持を持つお店が
どの分野でも間違いない、と思います。