革製品のオーダーメイド 銀座 オーソドキシー

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2025.02.27

銀座のお話

「この場所がね、本当の銀座なんですよ。」

同ビルの6階にご挨拶に行きましたら、

社長が銀座のお話をしてくださいました。

とても興味深いお話です。

 

40年以上

この三木ビルで会社を営んでいらっしゃり、

お父様も銀座がお好きだったとのことで

子供の頃から銀座に親しんでおいでの方です。

 

三木ビル本館は、4階までが戦前の建物で、

5階からは戦後建て増しされたもの。

どうりで建物のそこここに

本物のクラシックがあるわけです。

 

「じつは、昔から

この『並木通り』の1~4丁目が

『銀座』エリアなんですよ。

今はそれを

ご存じの方はあまりいないですが。

 

ただ昔は、消防署や電通が

現在のLOFTや無印のところに在って

お店はほんの少しでしたから、

人通りのない寂しい感じの通りでした。

三木ビルさんが映画館の『並木座』

やってらして、名画座として有名でしたね。

 

いまでこそブランド店で有名な

5丁目から向こうですが、

昔はクラブがたくさんある夜の街

という感じで、そのエリアは

『尾張町』と呼ばれていました。

 

また、昭和通りを超えると

歌舞伎座もありますが、

『木挽町』と言って

うちの父は銀座とは言いませんでした。」

 

あとから調べてみますと、明治2年に

1~4丁目が最初に

「銀座」と命名されたことがわかりました。

なるほど、銀座という名前発祥の地です。

江戸期の銀座はこちらをお読みください。

 

30年ほど前は銀座に勤めている人びとが

1~6丁目まで、昭和通りの手前までを

銀座と呼んでいた記憶があります。

それ以外のエリアだと銀座とは呼ばない、

と何かの建物について述べた時に

訂正された記憶があります。

 

 

当時銀座を歩く人たちは

働く人も買い物客もきちんとした服装をして、

すっとした姿勢で颯爽と歩いていました。

カジュアル化の進んだ現在からは

想像できない、街行く人びとの姿です。

 

三木ビルの1階、メンズジーンズ店

「G-STAR RAW」があの並木座だった…

なるほど並木座と比べて見ますと、

店舗のありようは似ています。

 

由緒あるビルに入ったとも気づかず、

でしたが

昔から銀座を知る人のお話を聞いて

銀座発祥の地に

恥じぬお店であらねば、と思いました。

 

また、社長がお話をなさる時の物腰は

まさに当時の銀座の人、で

伺うこちらの背筋も伸びました。

このたびは良いお話をありがとうございます。

また機会があったら

いろいろなお話を伺いたいと思います。

 

 

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