2003.10.5
オーダーストーリー5
ストーリー5:鯉になる(?)お話
当店のオートクチュールは、お客様のご依頼によって「(今のところ現実に)存在しないもの」をお作りするわけですが、それだけに、デザインや仕様をお決め いただく時には、充分なコンサルティングを行います。
そういったなかで、第4話でお話したように、お客様との間に、考え方と言語の違いが生じる場面にしばしば突き当たります。
もちろん、それは決してどちらが良い悪い、ということではありません。
「あ、今日もメールが来ている・・・」
最近、手帳カバーのお問合せが、非常に多いのです。
毎日使うものこそ快適なものを、という方が増えているのでしょう。
メールには見事な図面が添付されています。それぞれのパーツの寸法まで、細かく指定されています。但し書 きに「ぬいしろなどは考慮に入れておりません」とあります。
すばらしい!
え~なになに・・・
「全体のサイズは、現在使っている手帳についているビニールカバーのサイズを測ったものです」
なるほど、まずチェックポイント①ですね。
「革の厚みは○○ミリにしてください」
ん?ポイント②
「糸の太さは太めで。ぬい目の大きさは○ミリで」
んん?これはポイント③
それにしても、痒いところに手が届くようなご説明です。
私としても、ポイントが明確にできるので、とても助かります。
ではゆっくりと、今度は私が職人言語でご説明しましょう。
まずはポイント①、全体のサイズです。
カバー全体のサイズは、中身のサイズから割り出してゆくのです。
素材が異なるので、ビニールカバーの大きさそのままでは、お作りできません。
手帳や本のサイズの測り方には、独特のものがあるので、それをお知らせして、これは簡単に解決しました。
次のポイント②ですが、これはかなり微妙な問題です。
この方は、いったいどんな目的で、革の厚みをご指定くださったのでしょうか?もちろんご指定どおりにお作りするのは、いたって簡単です。でも、それでお客様の目的は達せられるのか?というより、それがお客様のイメージどおりの質感になるのか、
少し心配になりました。
念のためお尋ねしてみると、「今使っている他のもので、良さそうなのがあって、それの厚みを測りました」とのこと。
素材が異なると、触感もちがうのですが、大丈夫かしら?
「それは、革をなるべく薄くしたい、ということですか?」
「はい。革は厚くて堅いものだと思うので、薄くて柔らかくしたいんですよ」なるほど。
「ご指定のミリ数でお作りするとして、革は使ってゆくと柔らかくなる性質を持っていますから、少しすれば、くにゃくにゃになってしまいますが、それでもよろしいですか?」
「えっ、そうなんですか!?う~ん・・・それだったら『ある程度』というくらいの柔らかさでいいんですが・・・」
「了解です」
ポイント③は、どうして、そのミリ数のご指定になったか、です。
厳密に考えると、(今回の例でいくと)13.5cmのところに4ミリのステッチをかけると最後の針目は合わなくなりますよね(まあ、最後のひと目を小さく してもいいのですが)。
「あのミリ数は、少し大きめの針目にしたい、ということでしょうか?」
「そうです。そのくらいかな、というイメージです」
「ひょっとして、手ぬいのステッチ風に見せたい、ということですか?」
「あ、そうそう、そういうことです」
「了解です!」
以上のやりとりは、お電話で、直接お話させていただきました。
そのときにうかがったのですが、このお客様は、企画のお仕事をなさっており、職人に発注する機会が多いのだ、ということでした。
「自分の仕事では、イメージを話しただけだと、とんでもないものが上がってくるので、具体的な数字がないとダメだと思っていたんですよ」
なるほど、よく耳にする話です。でも当店だったら大丈夫ですよ!
かくして、お客様にはご満足いただける製品ができあがったのですが、手帳カバーでこれだけのやりとりが必要でした。もしこれに、ポケットやらペン差しやらがついていたら、もっと細かなやりとりがあったことでしょう。コンサルティングの難しさが、おわかりいただけると思います。
たしかに世の中には、具体的な数値がないと、新しいものを作ることのできないジャンルや職人は多いでしょう。というより、そちらの方がはるかに多いですね。
でも、人は感覚の発達した生き物であり、「言語」というものを持っています。当店では、具体的な数字がなくとも、目的とイメージをお話くだされば、その感 覚を共有し、それをかなりの部分まで論理的に解釈していくことが可能です。
オーダーメイドをご依頼いただく際は、技術的な面はコンサルタントにまかせて、マナ板の上の鯉になっていただくといいのかもしれません。もちろん鯉になっていただくためには、板前との信頼関係を築くための、多くのお話合いが必要なことは、言うまでもありません。
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